講義ノート

眩暈(めまい)と眩暈感(めまいかん)を解く:局在神経学から見た「不安定性」の正体

受講日:2025年10月

「最近、天気が崩れると頭がふわふわする」「立ち上がった瞬間に景色が流れる」……。こうした訴えに対し、医療現場では一括りに「めまい」と片付けられがちである。しかし、局在神経学(きょくざいしんけいがく)の視点に立てば、これらは全く異なるメカニズムによって引き起こされている。

本記事では、臨床において極めて重要な「眩暈(めまい)」と「眩暈感(めまいかん)」の境界線、そしてその背後にある脳と神経のドラマを詳細に解説する。

一、「眼振(がんしん)」という決定的な分岐点

患者が訴える「ふらつき」や「不安定感」を評価する際、最も重要な指標となるのが**眼振(がんしん)**の有無である。眼振とは、自分の意志とは無関係に眼球が一定の方向に不随意に動く現象を指す。

眩暈(めまい):眼振を伴う不安定性 これは「視線を一点に固定する機能」が破綻していることを意味する。主に小脳(しょうのう)や前庭神経系(ぜんていしんけいけい)のトラブルが原因である。

眩暈感(めまいかん):眼振を伴わない不安定性 「ふわふわする」「雲の上を歩いているよう」と表現されることが多い。これは視覚や足裏からの感覚情報の統合エラー、あるいは脳幹(のうかん)の血流不全などが背景にある。

臨床家はまず、患者の瞼(まぶた)をそっと持ち上げ、瞳が刻んでいないかを確認しなければならない。この一歩が、その後のアプローチを決定づける。

二、小脳と前庭系の「押し相撲」

なぜ眼振が起きるのか。それは、左右の小脳や前庭系が常に「押し合い」をすることで、視線を真ん中に保っているからである。

例えば、左の小脳が10の力で右へ押し、右の小脳が10の力で左へ押していれば、視線は中央で安定する。しかし、右の小脳の機能が低下(8の出力に減少)すれば、左の力に負けて眼球は右へゆっくり流される(スローフェイズ)。脳はこれを修正しようと、慌てて左へパッと目を戻す(ファストフェイズ)。これが眼振の正体である。

特に春や秋の季節の変わり目は、気圧の変動や外気温の低下(外耳道の冷却)により、この「出力の左右差」が生じやすい。空調の風が片方の耳に当たり続けるだけでも、内耳の温度差からめまいが誘発されることがあるのだ。

三、「めまい感」の正体:固有感覚(こゆうかんかく)の欠如

眼振がないにもかかわらずふらつく「眩暈感」の場合、疑うべきは**深部固有感覚(しんぶこゆうかんかく)**のエラーである。

私たちは、筋肉(筋紡錘:きんぼうすい)や腱(腱器官:けんきかん)からの情報、あるいは足裏の振動覚(しんどうかく)によって、目をつぶっていても自分の姿勢を把握できる。これを「1A・1B線維」や「Aベータ線維」といった神経が担っている。

例えば、立っているとふらつくが、椅子に座ると楽になる(安定する)患者の場合、下半身からの重力に対する感覚入力が脳にうまく届いていない可能性が高い。また、目をつぶると余計にふらつく場合は、視覚情報が辛うじてバランスを支えている「視覚依存」の状態にあるといえる。

四、エネルギー代謝と自律神経の連動

神経機能の土台となるのは、細胞内のエネルギー産生である。具体的には、細胞内の発電所であるミトコンドリアで**ATP(アデノシン三リン酸)**が十分に作られているかが鍵となる。

脳幹(のうかん)の虚血(きょけつ): 酸素や栄養が不足すれば、当然、バランスを司る神経核は正常に働けない。

自律神経との関連: 小脳は同側の「孤束核(こそくかく)」という自律神経の重要な拠点に影響を与える。そのため、めまいに伴って「吐き気」や「動悸」が起きるのは、神経解剖学的に必然の結果なのである。

臨床では、パルスオキシメーターを用いて脈拍や血中酸素飽和度を確認することも有効だ。特に起立性調節障害(きりつせいちょうせいしょうがい)を伴うケースでは、血圧を維持する交感神経の働きを評価することが欠かせない。

五、臨床家としての心得:原因の追求と維持

我々が手にする武器は「刺激」である。触覚、振動覚、視覚(レッドフィルターやOPK:視運動性眼振刺激など)、あるいは関節へのアプローチ。これらをどこから、どの強さで入れるか。

「めまいが治った」という結果だけに満足してはならない。なぜそのエラーが起きたのか、気圧なのか、視覚の使い過ぎなのか、あるいは栄養状態なのか。原因を追求し、患者が自らの「最上の状態」を維持できるようお手伝いすることこそが、局在神経学を学ぶ意義である。

「治す」のではなく、脳が正しく環境を認識できるよう「整理」する。そのための緻密な検査と評価が、めまいという迷宮から患者を救い出す唯一の道となる。

今回の講義まとめ

「眼振」があれば眩暈(めまい)、なければ眩暈感(めまいかん)。

小脳・前庭系は左右の出力バランスで視線を固定している。

視覚情報(80%)と固有感覚(20%)の統合エラーがふらつきを生む。

神経の安定には十分なATP(エネルギー)産生が不可欠である。

情報源

講師: 丸山正好先生(ニューラルヒーリング院長)

講座情報: 局在神経学講座(主催:科学新聞社)

受講期間: 2025年10月

本記事は、上記講座で学んだ内容を著者が個人的に整理し、一般向けに噛み砕いてまとめたものです。

補足学習に使用した教科書・文献

  • Kandel ER, Schwartz JH, Jessell TM, et al. Principles of Neural Science. 5th ed. McGraw-Hill; 2013.
  • Fitzgerald MJT, Gruener G, Mtui E. Clinical Neuroanatomy and Neuroscience. 7th ed. Elsevier; 2016.

免責事項: 本記事は学習目的で作成されたものであり、医学的診断・治療の代替とはなりません。医学的な判断が必要な場合は、必ず医療機関にご相談ください。

図解

左右の小脳が10対10で均衡している時は視線が固定されるが、右小脳の機能が低下して10対8になると、眼球は右へゆっくり流れ(スローフェイズ)、脳が左へ素早く戻す(ファストフェイズ)という眼振が発生する。
左右の小脳が10対10で均衡している時は視線が固定されるが、右小脳の機能が低下して10対8になると、眼球は右へゆっくり流れ(スローフェイズ)、脳が左へ素早く戻す(ファストフェイズ)という眼振が発生する。